教室関係コラム

2016.08.09

三嶋豊先生と白斑研究

三嶋豊先生と白斑研究

大阪大学大学院医学系研究科
情報統合医学皮膚科学
教授 片山一朗

本年8月3日、日本色素細胞学会の初代会長で神戸大学皮膚科名誉教授三嶋豊先生がご逝去された。三嶋先生は、日本色素細胞学会の基礎を作り上げられたお一人として日本における色素細胞研究の発展に多大な貢献をされ、国際色素細胞学会でも活躍された。下記に示すような多くの国際的な賞を受賞されている。

○ 1960 デトロイト皮膚科学会賞
○ 1962 シカゴ皮膚科学会賞
○ 1964 アメリカ皮膚科学会第1位賞
○ 1973 三越学会賞
○ 1984 ヘルマン・ピンカス記念講演者賞
○ 1985 清寺真教授記念賞
○ 1985 日本臨床電子顕微鏡学会安澄記念賞
○ 1990 兵庫県科学賞
○ 1990 国際色素細胞学会 Myron Gordon Award

 研修医の頃、地方会の最前列に座られ、その当時は多分許されていたパイプの似合う、オーラに包まれた教授として、また発表される皮膚腫瘍などの病理所見の解釈で徹底的に発表者を教育される姿が強い印象に残っており、佐野榮春大阪大学教授、坂本邦樹奈良医大教授、相模成一郎兵庫医大教授などの先生共々当時の大阪地方会の名物教授でもあった。三嶋先生は黒色腫に関して多くの研究成果を公表され、常に臨床的な観察と研究をフィードバックされながら退官後も研究を継続されたことは多くの黒色腫研究者が知る所で、ボロンを用いた熱中性子補足療法は今も臨床研究が継続されている。ここ数年の免疫チェックポイント阻害薬による黒色腫に対する劇的な治療効果は是非ご自身の眼で確かめられたかったと思う。私は皮膚の免疫アレルギーの研究がテーマであり、親しくお話頂く機会は無かったが、遺伝子治療学の金田安史教授の開発されたHVJによる黒色腫治療の研究にも興味を持って頂いた事や、厚労省の班研究で白斑の治療ガイドラインを作成する過程で、白斑の病態研究を開始したことがキッカケで三嶋先生からご指導を受ける事になった。私自身、白斑には研修医の頃から興味があり、三嶋先生の記載されたαデンドリテック細胞(メラノーソム、バーベック顆粒を持たない樹状細胞)が白斑の基底層で増加しているとの知見を三嶋先生執筆の尋常性白斑という教本で知っていたが、その本態が何であるかを知りたいと考えていた。班研究の過程で、CD1a陽性のランゲルハンス細胞が白斑の病変部基底層で増加、活性化していることを見いだし、報告したことや結節硬化症での白斑の病因論などを教室主催のセミナーで講演頂き、色々な事を教えて頂いた。

αデンドリテック細胞とは逆にメラノーソム、バーベック顆粒両方を持つ樹状細胞の存在も他の研究者からの報告がある。60年代の大阪大学の堀木などが報告したランゲルハンス細胞メラノサイト由来説は玉置らのランゲルハンス細胞が骨髄に由来するというNatureの論文で否定はされたが、逆にメラノサイトの前駆細胞が骨髄に存在する可能性やランゲルハンス細胞自体がメラノソームを貪食する可能性も考えられており、我々の研究室でも白斑の病因論におけるランゲルハンス細胞あるいはαデンドリテック細胞の役割の再検討を行っている。教室の大先輩の堀木学先生の美しい電顕写真からの仮説を下に、大学院生の揚飛先生が2抗体の免疫電顕や3カラーの免疫染色の解析、さらに培養系の研究で面白い現象を見いだされている。HE染色では一見、組織学的な特徴の見えない白斑ではあるが、そこに新たな画像解析法や3種、4種の色素標識蛍光抗体を用いた解析で白斑部を観察すると、驚くような細胞間あるいは組織間のクロストーク像が現れ、新たな白斑の病因論が見えてくる。私自身、皮膚科の研究のトレンドの移り変わりには興味があるが、1950年代から60年代の初頭は清寺先生や三嶋先生、Ken Hashimotoなど電子顕微鏡を用いた形態学とDOPA反応などの生化学的な手法を用いて皮膚の細胞機能の研究や皮膚疾患での動態研究が大きく発展した。70年代の免疫学、分子生物学が爆発的に発展した頃は多くの若い研究者が新しい発見を求めて米国に留学した時期でもある。21世紀の現在、研究のトレンドはiPS細胞の臨床応用や次世代シークエンサーによる疾患発症責任遺伝子の同定、2光子顕微鏡などによる4次元組織解析、Optogenetics、Gene editionなどであるが、研究のための研究になりつつあり、高額な治療薬の後追い実験などが主になり、臨床発のオリジナルな研究が激減している現状を危ぶむ声もある。新しい解析技術や方法論を創り出す事が究極のサイエンスであり、それが研究のモチベーションとなるが、臨床の教室で可能な研究をどう進めて行くかは、やはり疾患を診断し、治療していく現場の医師が解決したい問題点を明らかにし、より良い治療を難治性の患者に提供していくことが最も重要と考える。その意味で三嶋先生は生涯を白斑と黒色腫の治療開発にかけられた先生であり、我々もまた最新の解析技術を用い、創薬に繋がるオリジナルな日本発の研究を創り出して行きたい。

合掌

平成28年8月9日

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