教室関係コラム

2009.01.01

IT時代の「皮膚病診療」

IT時代の「皮膚病診療」

大阪大学大学院医学系研究科分子病態医学
皮膚科教授 片山一朗

 「皮膚病診療」発刊30周年を祝し、素晴らしい本誌を読む機会を与えて続けて頂いた歴代編集者の先生方に敬意を表します。また長年adovisorの末席に加えて頂き、地方会のプログラムなどの提供で、少しは編集のお役に立てておればと思います。今回編集部から「皮膚病診療」について要望、批評をという依頼を受けましたが、一読者として今後も「皮膚病診療」が現在の編集スタイルを守られ、廃刊することなく、毎月手元に届けて頂くことを願う次第です。私自身は創刊号の「ヘルペスをめぐって」以来、毎号欠かさず読ませて頂き、折に触れ、分からない症例があればバックナンバーの論文で勉強させて頂いております。「皮膚病診療」の大きな特徴と魅力は本当に皮膚病診療の好きな編集者により全国から選ばれた症例報告が気軽に読めるという点、症例に対する読者の疑問点などが声欄に迅速に掲載される点、時宜を得た総説、対談、そして、歴代の編集者の巻頭言、編集後記などに書かれている、振り返って読むたびに得ることの多い含蓄に富んだ言葉にあるかと思います。初代の編集長であり、創刊者である安田利顕先生は発刊の辞において、「皮膚病診療」の創刊の目的を「広く皮膚病診療にあたっておられる一般医に対しての情報誌を提供することである。」と述べられておられます。この点は本当に特筆されることであり、ともすれば皮膚科という狭い世界で皮膚しか診なくなりがちな皮膚科医にたいして、全身を診ること、他の領域の進歩を常に自己の診療に取り入れることの重要さを示された安田利顕先生の先見性による偉大なご業績かと思います。最近の若い先生を見ていると、インターネットでキーワード検索した文献や書店にあふれているマニュアル本ばかり読んでいるようで皮膚病診療を購読して隅から隅まで読んでいる人は少なくなっているようです。これは私の同年代の先生方が共通して感じられていることかと思いますが、かつては普通に見られた医局あるいは同門の先輩から後輩へ脈々と受け継がれてきた教室の伝統が継承されにくい時代なったことの反映かもしれません。私が30代位までは酒の席で皮膚病診療の「○○号」にこんな症例が載っていた、あるいは巻頭言で「△△先生」がこんなことを言っておられたという話から座が一気に盛り上がり、皮膚科の話から他科の話、研究、文学の話まで夜半を過ぎても話が尽きない時代がありました。逆にいうと殆どの先生が皮膚病診療を読んでおられ、また個々の先生がそれぞれの編集者に共感を覚えて皮膚科学を勉強し、仲間と議論する過程で自分自身の独自の皮膚科学を創り、磨きをかけてこられたのかと思います。時代が移り、先に述べたような若い医者が簡単にインターネットで情報を得、EBMという名前の元にガイドラインに沿ったマニュアル医療を行わざるを得なくなった昨今の医療環境では、従来以上に手作りの香りに満ちた「皮膚病診療」の存在価値は大きくなると思いますし、指導的役割にいる皮膚科医は安田利顕先生の考えておられた皮膚病診療の意義をもう一度念頭において次の時代の皮膚科医を育てていく責任があると考えております。以前皮膚病診療の特集号で「聞き慣れない病名2005」を企画された時に、私もアンケートを書かせて頂きましたが、従来全く記載のない疾患、新しい病因の発見により名前が変わった疾患、全く同じ疾患でありながら、診療科により別名が使われている疾患などがあることなどを勉強させて頂いた記憶があります。この特集号への読者からの意見に対して西山先生が、聞き慣れない名前の病気の場合、まずシノニム(同義語)の有無ないし鑑別診断を明確にすることの重要性を巻頭言で述べておられます(皮膚病診療28: 9, 2006)。さらにシノニムの有無の確認の困難さにも言及されておられますが、よほど勉強しないと正確な診断にいたらない皮膚科学の難しさを考えさせられるとともに、皮膚病診療の面白さも再確認した次第です。話は少し脱線しますが、その中で西山先生はBurning mouth syndromeに少なくとも10種のシノニムがあると述べられています。また別の巻頭言(皮膚病診療13:671,1991)で15番目の鱗屑としてlatente Schuppenとして殿風の見えない鱗屑をあげておられますし、炎症の病因の差による紅斑の色調表現にも言及されておられます。西山先生からは北里時代「ドーム状の結節」のドームや「菌状息肉種」の病名のキノコの由来に関しても教えて頂いた記憶があります。現在「皮膚病診療」で浅井俊也先生の皮膚科トリビアが連載されており毎号楽しく読ませて頂いていますが、一度是非皮膚科トレビアの特集号を組んで頂き、皮膚病の語源や診療に関する蘊蓄を先輩の先生方に語って頂きたいと思います。最後になりますが今後も、時代とともに変化していく皮膚病診療の良質な情報を届けて頂くことを願っております。

2009年

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