教室関係コラム

2003.12.25

長崎大学年報序文

皮膚科白書

元:長崎大学大学院医歯薬総合研究科
皮膚科教授 片山一朗
現:大阪大学皮膚科教授
片山 一朗

  今年も年の瀬を迎え一年を振り返る時期になりました。昨年4月から長崎大学も大学院大学となり、昨年は「放射線医療科学国際コンソーシアム」、今年は「熱帯病・新興感染症地球規模制御戦略拠点」のテーマで文部科学省21世紀COE(Center of Excellence)プロジェクトに採択されました。今年の医学分野では他大学では九州大学と久留米大学プロジェクトのみが採択され、いよいよ長崎大学が日本の西の拠点としてオンリーワンの大学を目指す体制が始動し始めました。しかしそのような研究機関としての整備と同時に来年度から導入される「独立行政法人化」を控え、今年の7月から包括医療制度の導入、10月には医学部附属病院と歯学部附属病院が統合され、澄川耕二病院長の強力なリーダーシップのもと長崎大学医学部・歯学部附属病院としてあらたなスタートが切られました。またこれも来年度から導入されるスーパーローテートの開始を控え、関連病院を含めた長崎大病院群での研修プログラムが提示され、初年度は65名が長崎大学病院群で研修することとなりました。しかし全国的には大都市圏の有名病院への志望者が圧倒的に多く、いよいよ医学教育が大学から離れる時代が来たのかと感じられます。ただスーパーローテーターの身分、兼業の可否、指導体制、研修終了後の専門医教育の受け皿など、先行き不透明な点も多く残され、大学を離れた医学教育は不可能ではないかと考えております。このような研究機関、教育機関としての大学の役割が大きく変貌しつつある中で、我々大学関係者にとって最も大きな法人化の波が直ぐ近くに迫っております。先日の斉藤寛学長の法人化に対する学内説明会でも病院の増収、受験者数の増加など具体的な数値が示され、達成出来なければ組織再編などのの可能性も示されました。これは大学教員の任期制や身分保障と関わる大きな問題で、我々臨床科の人間にとっては研究か診療かを選択せざるをえなくなり、目先の増収を諮るため、地域医療の切り捨てや関連病院からの引き揚げなど、さらに極論を言えば大学病院対非大学病院での患者の奪いあいなどの事態が生じる可能性も冗談ではなくなるような気がします。国の目指すところが何かは分かりませんが、ゆとり教育の指導指針がたった10年で元に戻ったように、研究者や専門医の大学離れによる日本の医学レベルの低下や地域医療、老人医療へのしわ寄せが国民にいかに不利になるかが認識されるまでは、本当に適切で国民の要求に応える医療、医学教育を提供できなくなるかもしれないと危惧します。このような現実の中で若い先生達に言えるのは、臨床医である限り、真摯に医学を学び、その成果を患者さんに還元していくことしかないと思います。逆説的に考えると今回の医療、医学教育改革は本来の医師のあるべき姿を再認識し、次の世代に必要な医師を選別するための必要悪なのかもしれません。
 このような状況の中、皮膚科学会からも「皮膚科白書」という冊子が発刊
された。名前からも想像出来るように、この冊子は患者さんへの啓蒙書ではなく、医療行政関係者への働きかけを目的として作成されたもので「皮膚科医療の現状と社会貢献度の実態、皮膚科の将来性をアピールするための内容」などが網羅された構成になっている。この白書の発刊の背景には想像するに大きく3つの要因があるかと思われます。その一つはHMOなどの民間の保険会社の参入により、多くのアメリカの大学皮膚科や専門医のActivityが低下し、自由診療への移行や(結果的に本来診療すべき皮膚疾患からの逃避が大きな問題となっている)、一般医への転向などが増加しているいること、似た現象がヨーロッパやお隣の韓国でも生じていることが挙げられるかと思います。小生を含め、本来このような問題に疎かった大学関係者から白書発刊の気運が高まったのも当然かと思われる次第です。2つめとしては皮膚科の診療報酬が他科に比較して非常に低く押さえられいること(結果として先ず一般病院で皮膚科など見かけの診療報酬が低い診療科が定員削減などのあおりを受ける)、さらに度重なる保険の改正により、その影響が加速されている現状への対応策として、医療行政への働きかけへの資料作成を目的としていることです。特に後者の問題は皮膚科に限らず多くの診療科にも当てはまるかと思われ、最近あちこちでそういった話を聞くことが多いのは筆者に限ったことではないと思います。3つめとして来年度より導入されるスーパーローテートへの対応が挙げられます。ご承知のようにこの制度は行き過ぎた専門医制度を是正し、全身疾患が診療できる医師の育成を目指すことを建前とし、かつ、全国レベルでの医師の均等な分布と診療報酬の引き下げを視野に入れた制度と理解しています。その是非と今後の動向はさておいて、導入後は2年間どの診療科にも入局者は来なくなる筈です。当然従来研修医に診療を頼らざるを得ない皮膚科などの小診療科は大幅な戦力ダウンとなり、日常診療や地域医療の貢献などへの大きな障害が生じることが懸念されています。また皮膚科が主として卒後教育に重点を置いた診療科であることより、教育機会も減り、またスーパーローテート終了後の専門医教育や入局の動機付けにも影響がでることが多くの大学教員より危惧されています。そのような意味からこのような白書を積極的に学生に配布し、実際に臨床現場での皮膚科学の実態を知って貰いたいという意味も白書刊行の重要な目的と考えられかと思います。長崎大学でも包括医療の導入に引き続き、医学部附属病院・歯学部附属病院の統合がなり長崎大学病院として10月1日より新しい組織運営が始まったのは先生方も既にご承知かと思います。今後臓器別診療の導入が示され、診療科を細分し、より患者さんのニーズに応える診療システムを構築していく体制も整いつつありますが、来年からは卒後研修の義務化に加え、独立行政法人化などさらに皮膚科などの小さい診療科にとっては厳しい制度が導入されてまいります。このような医療環境の大きな変化の中で皮膚疾患を持つ患者さんにどのような医療を提供出来るのかを勤務医、開業医を問わず個々の皮膚科の医師が考えざるを得ない状況がきていると考えるのは筆者のみではないと思います。皮膚科医が治療することにより医療コストの削減に貢献できるような疾患が数多くあり、また他科との境界領域でよりよい医療を希望される患者さんがたくさんおられるのも事実です。皮膚科白書はこのような変革の時代の中でこそ皮膚科の特徴を生かした新しい治療学を創り、皮膚科の存在価値を他科にアピールしていく必要があるという皮膚科の立場を主張していく上で今後非常に重要な役割を果たしていくと考えられます。

2003年

  • 社団法人日本皮膚科学会
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