今が旬の研究トピックは?
大阪大学大学院医学系研究科分子病態医学
皮膚科教授 片山一朗
旬の研究とはどういう研究か?それは自分自身が作り出すものです。
私が研究らしいことをやり始めてもう30年以上経過しますが、その間免疫・アレルギー学の分野は大きく発展・拡大してきました。皮膚科に入局し研究を始めた頃、私の恩師で皮膚の免疫・アレルギー学のパイオニア的な存在であった西岡清先生(東京医科歯科大学名誉教授、横浜市立みなと赤十字病院院長)から言われた「免疫学は非常にFlexibleな学問で、どのような疾患も研究対象になるし、何を研究しても面白い結果がでると思います。」という言葉を折にふれ思い出します。個人的な意見になりますが、旬の研究というものはあくまで自分が創り出していくものであり、人がやっている研究は2〜3年もすれば時代遅れになってしまいます。私が研究を開始した頃ブレークスルーとなった研究はKohlerとMilsteinがノーベル賞を受賞したモノクローナル抗体作成の応用でした。その時まで活性のみ証明されながら蛋白質として捉えることの出来なかったサイトカインがT細胞ハイブリドーマの手法を用いて初めて明らかにされたのです。その後蛋白の同定とその受容体が次々と明らかにされ、サイトカイン遺伝子のクローニング、リコンビナント蛋白の作成、PCR法による遺伝子解析、遺伝子改変マウスの作成、核酸医薬の開発、そしてクローン動物の作成、今をときめくiPS細胞の作成に繋がってきました。私はこのような免疫学の発展過程を時系列で見てきた訳ですが、振り返って見ると、その時期、その時代の学会の参加者が熱く議論するテーマが旬の研究であり、討論の中で浮かび上がってきた研究の方法論や哲学を理解し、自分の研究に取り入れることが私の研究の根幹にあったと思います。最初に新しい研究を創りだすことが旬の研究であると偉そうなことを言いましたが、どのような研究であれ、自分自身がワクワクしながら、実験結果が出るのを待ち、次の研究方法を考えていくのが、自分にとっての旬の研究であり、その結果が国際誌に掲載され、他の研究者に引用され、臨床に反映されていくのが臨床科における研究の醍醐味かと思います。実際論文を国際誌に投稿し、結果が航空便で戻るまでの時間が待ち遠しく、毎日郵便ポストを見に行くのが日課でした。
21世紀の免疫学研究のターニングポイント;そして免疫学はどこに向かうか?
利根川進博士により免疫学の命題であった免疫グロブリンやT細胞受容体の抗原認識レパートアーの多様性が明らかにされ、「自己」と「非自己」の認識機序が分子生物学的に解明されたことにより、一時期もう免疫学は終わったといわれ、免疫学会でも次の命題を模索する時代がありました。その時のブレークスルーとなったのは感染症免疫や自然免疫の最初の免疫応答の引き金を引く受容体(Toll-like receptor)と調節性T細胞の発見、そしてバイオロジックスの臨床応用でした。ただ実際の基礎免疫学のトレンドと皮膚免疫学のトレンドが必ずしも一致しないのも確かです。と言いますのも皮膚科医の興味が皮膚という臓器を中心にして起こる生命現象を理解し、感染症、腫瘍、アレルギー、老化など免疫が関与する皮膚疾患の新しい病態解析法や治療法の開発にあるからだと思います。例を挙げれば、今で言うインターロイキン1がケラチノサイトから産生されるのを最初に見つけ報告したのは皮膚科医でした。免疫活性物質が非免疫組織の構成細胞からも産生されるという発見は現在脂肪細胞が産生するアデイポサイトカインの研究に繋がるなど生命医学に大きなインパクトを与えました。またSTAT3, STAT6, NFκBなどの転写因子をターゲットにした新しい核酸医薬の臨床応用が開始されていますが、これも動物モデルの作成から皮膚科医がリーダーシップをとり、研究を進めた皮膚科発の素晴らしい成果です。
21世紀の皮膚免疫・アレルギー研究のホットポイント
「アトピー性皮膚炎」バリア機能とアレルギー:ニワトリが先か卵が先か?
アトピー性皮膚炎はIgEの過剰産生により起こるとするアレルギー説と皮膚のバリア機能異常という非アレルギー機序説の2つの学説により湿疹病変が形成されるという考え方があり、どちらが重要かという議論が続いて来ました。2006年遺伝性の角化異常症である魚鱗癬と関連すると考えられていたFilaggrinという蛋白をコードする遺伝子の異常がアトピー性皮膚炎を持つヨーロッパ人の9%に見られ、喘息発症にも密接に関連することが報告されました。結果として現在アトピーアレルギー説は少し後退し、「バリア異常先にありき」という様相を呈しております。ただTh2サイトカインがFilaggrinの発現を抑制するという論文もあり、また最初の論議に戻りつつあります。我々はこのような病態を一連の連続した異常と捉え、どちらもアトピー性皮膚炎の発症に重要であるとの考え方を報告しております。またこれは始まったばかりの新しい研究テーマですが、皮膚という末梢の臓器が中枢と同じような様々な神経伝達物質、ホルモンを産生し、いわゆる神経・内分泌・免疫の調節機構を生体の最外層で担っていることが報告されてきています。近い将来皮膚の恒常性の異常を是正することで、自己免疫疾患やアレルギー疾患の制御が可能になるかもしれません。
「接触皮膚炎」:抗原提示細胞とその責任分子は何か?
長い間接触皮膚炎の発現に表皮に分布するLangerhans細胞(LC)が抗原提示細胞として機能し、Class II分子拘束性のCD4陽性細胞が重要と考えられてきました。しかし、Class IIノックアウトマウスでむしろ皮膚反応が増強し、CD4陽性細胞はむしろ皮膚炎の発症を抑制するとの報告がなされ、さらにLangerin(CD207)遺伝子にジフテリア毒素遺伝子を組み込み、LCを消失させたマウスで逆に皮膚反応の増強が生じる事や真皮樹状細胞がLCより有効に抗原提示する、真皮樹状細胞もLangerinを発現するなど、次々と新しい報告がなされ、接触皮膚炎の抗原認識機構と合わせ,混沌とした状況になってきています。ただマウスとヒトではLCの機能や表皮への遊走機序も異なると考えられており、新しい展開が期待されています。この問題への解決策としてすでにヒト型の免疫システムで再構築されたマウスモデルが作成されており、次のステップとしてケラチノサイトや線維芽細胞、そしてリンパ組織をヒト型に置き換えたマウスを作成することで、ヒトでの生命現象をマウスで評価出来る時代も近いのではないかと考えます。我々の研究室でもそのようなアプローチを開始しております。またもうひとつの方法論としてiPS細胞を用いて、ヒト型の解析システムを構築する方法やコンピューターを用いてバーチャル細胞、バーチャル組織を作り、薬物や生体活性物質の評価を行う研究も進んでおり、今後面白そうな研究テーマが目白押しの状況かと思います。
「薬疹」:ウイルス感染症と迅速に鑑別する方法は?
手術患者に抗生剤を投与後全身に発疹が出た場合や外来で感冒様症状の患者が市販薬内服後に痒い発疹が出てきた場合など、「薬疹でしょうか?」と他科の医者から相談を受けることも良く経験します。この場合薬剤内服のタイミングや臨床症状などから原因薬を決められることが多いのですが、最終的には薬剤パッチテストやリンパ球刺激試験などの結果を見て最終判断します。ただその手技が1週間以上かかり、ウイルス感染などの関与を否定することも困難です。そのためウイルス感染と薬剤刺激で異なる活性化分子や転写シグナルなどを迅速に探索する手技の開発が望まれます。もしこのような検査が可能になれば、依頼されて24時間以内に自信を持って、この薬剤は中止して下さいと言えるようになると思います。
「乾癬」:なぜ癌に成りにくいか?
乾癬の研究は常に時代の最先端の成果、研究技術、知識を取り入れて進んできました。
かつては表皮細胞のcAMPと細胞増殖、細胞分化の研究が主体であり、その後CD4陽性細胞の重要性、最近はTh17細胞とTIP-DCの役割が大きくクローズアップされ、抗lL12.23p40抗体の素晴らしい臨床効果が明らかにされつつあります。また高知大学の佐野榮紀先生により、STAT3を標的とした新しい治療戦略が開始されつつあります。しかし私にとっては増殖スピードが桁違いに亢進している乾癬表細胞がなぜ癌になりにくいのか、なんのために、このような細胞回転の亢進が生じるかの方に興味があります。そこから癌の発生の仕組みやその制御法が見つかるのではないかといつも考えます。
「蕁麻疹」蕁麻疹はアレルギーか?
蕁麻疹の研究はアトピー性皮膚炎同様肥満細胞とIgE抗体というI型アレルギーの観点から進められてきました。しかし実際の日常診療できれいなアレルギー性の機序が証明される蕁麻疹は10〜15%程度で殆どは物理的な刺激、感染症、ストレスなどの関与が考えられる非アレルギー的な機序で生じる蕁麻疹かと思います。これは私の個人的な意見ですが膨疹反応を誘導するのはヒスタミンで良いかと思いますが、個々の患者さんで肥満細胞のヒスタミンの遊離閾値が低下していることが蕁麻疹の発症要因になっているのかと考えております。ここでもやはり神経・内分泌・免疫というキーワードが蕁麻疹の謎を解明するヒントをくれるかと考えております。特にコリン性蕁麻疹や機械性蕁麻疹などはその良いモデルになるかもしれません。
「膠原病」:皮膚科医の参加する研究は?
膠原病は最近の傾向として免疫内科、膠原病科などの内科で診断、加療されることが多くなってきています。皮膚科医は初期の皮膚病変をバイオプシーし、診断するに留まり、その後は内科で治療方針が決められ、経過を見ることも少なくなってきています。しかしながら内臓悪性腫瘍が皮膚筋炎の発症、進展にどのように関わるのか、SLEの光線過敏がどのような機序で生じるのか、強皮症の皮膚硬化とレイノー現象がどうクロストークするのか、そしてもっとも本質的な問いであるなぜ自己免疫疾患が発症する過程で臓器特異性、疾患特異性が規定されるのか、まだまだ未知のことばかりであり、皮膚科医の参画すべき分野は多いと考えます。我々の研究室でもそのような発想での研究を行っております。是非若い多くの皮膚科医がこの謎に迫って欲しいものです。
最後に多くの研究者が折にふれ述べている、研究への態度として、一つのテーマを徹底して追いかけること(継続の重要性)、現時点の知識で説明出来ないデータやネガテイヴデータを棄てないこと(そこに宝の埋もれていることは多い、臨床も然り)、アンテナを高くし、常に他分野の進歩を取り入れること(我々は臨床医であり、治療に応用できることが重要)、そして仲間と徹底的に討論すること(良いアイデアは仲間との何気ない話の中から生まれることが多いようです)などが挙げられるかと思いすし、そのような研究者にSerendipityの神様が舞い降りると信じます。是非皮膚科の臨床を徹底的に勉強し、そこから出てくる疑問を自分の手で解決していく楽しみを見つけて頂きたいと思います。
2012年