教室関係コラム

2012.02.20

皮膚科医の矜恃と後期専門医教育

皮膚科医の矜恃と後期専門医教育

大阪大学大学院医学系研究科分子病態医学
皮膚科教授 片山一朗

 ここしばらく少し嬉しいことが続いた。一つは若い医局員たちの「最近の講演会はあまり聞きに行く気になれない。もう少し最近の基礎研究の進歩を勉強できる会を企画して貰いたい」という声を耳にしたことである。最近はどの学会、どの講演会も新しい薬剤やガイドラインに関する内容の話が多く、演者も同じような顔ぶれである。私も良く講演を依頼されるが、知らない間に同じ穴の狢になっており、大いに反省させられた。もう一つは初期研修の義務化が開始されて以後、大学院に進む若い医師が激減し、私の大学でも危機が叫ばれている。そのような中で、子供さんもおられる卒後17年目の女性医師の方が、しっかりとした基礎研究をやりたいと、今年から大学院に進まれた。またもうひとり卒後6年目の育児中の女性医師が大学院にこられることになった。日本の医療、研究が米国のスタイルを追随していることは良く聞くが、実際米国の基礎研究はMDがほとんど関与せず、留学生やPhDが担っているのは米国の学会に参加すればよく分かる。日本の現状もまさにその後を追っているようで、今後の基礎研究を担うMDの養成が不可欠の現況であるが、私の周りだけでも、少し明るさが見えてきたようで、この機会に少し皮膚科を取り巻く昨今の医療環境について考えてみた。
 この1〜2年、医者の離職や地域・診療科による医師数の偏在がマスコミによく取り上げられる。そのような大きな変化の中で、私が専門とする皮膚科学は、もちろん地域差はあるが、初期研修修了後に研修を希望する医師が増加している。逆に「楽な診療科」、「儲かる診療科」の一つとして皮膚科がとりあげられ、このような事態が、結果として「命に関わる病気」をとり扱っている診療科を希望する医師の減少に繋がっているという、皮膚科医の「品格」を貶めるような論調の記事を目にする機会も多い。しかし臨床各科において、診療の対象となる疾患が開業医、一般病院、地域基幹病院、大学病院で異なるのは当然であり、またどの診療科においても多かれ少なかれ生命に関わる、あるいは患者の社会的・個人的QOLに大きな影響を与える疾患を診療しているのである。楽な科と世間で思われている皮膚科で扱う疾患は膠原病からメラノーマまで実に多様であり、対症療法に甘んじざるを得ない難治性、重症の疾患が数多く存在する。主治医の熱意により診断や予後が決定され、また、他科との連携により全身の病態を理解して、はじめて治療が可能になる病態、疾患も多い。その意味で、皮膚科は常に時代の先端の医学を理解する努力が要求される診療科である。臓器別診療の時代となり、初期研修二年間の間に全身を診るトレーニングを受けた新しい世代の医師が皮膚科の分野にどんどん参入してくれることで、皮膚科医が皮膚という臓器のスペシャリストとして、他科の医者と対等に討論し、医療の中で大きな役割を担い、医療経済の改善に貢献していける、そして先に述べたような基礎研究を志す若い医師のモチベーションが高まると考えるのは私に限らないと思う。ただそのような楽観的な考え方の対極として、いくつかの現実的な問題が出てきているのも事実である。それはスーパーローテートシステムの開始時から予測されたことであるが、医師としてあるいは社会人としての初期教育が十分に行えないという現状である。すでに崩壊したとされる医局制度が再び見直され始めているのは、医療・医学が師匠と弟子という人間関係に裏付けられた徒弟制度により継承され、その中で新たな技術を身につけ、新しい研究を創り出していくという、ドイツ式の医学教育をある部分で肯定する指導医が増えてきたせいかと考える。実際二年間何を勉強していたのかと思う新人を迎えた経験をもつ先生も多いと思う。批判はあるが、医局という組織のなかで同じ釜の飯を食うことにより、生涯に亘る良き師弟関係、同僚としての強い繋がりを構築でき、結果として、良質な医療を提供できたと考える我々の世代から見ると、今後医局に属さず、後期研修を終える医師の中には、医師としての根幹部分を十分身につけることが出来ず、本来の医師としての矜恃を理解しないまま、無為な日々を送る人が出てくるのではないかと危惧する。
 もう一つは、女性医師の増加と出産・育児による休職ないし、離職の問題がある。同世代の教授達の間で、いつも話題になる。医師の離職や引き上げの問題は日々マスコミに取り上げられるが、女性医師の離職の現状、実働医師数の実態や復職支援、託児所の整備など全く取り上げられないのが不思議である。学会での動きはあるが、一個人、一学会の力ではどうにもならない。ではどうするか?これは私見ではあるが、女性医師を含めた我々医師の矜恃をもう一度考えてみることである。医師としての最大の喜び、モチベーション維持の原動力はどのような疾患であれ、病気が治り、患者さんに感謝されることである。個々の医師の価値観の多様性が重視される時代ではあるが、医師としての矜恃を次の時代の医療を担う若い人に伝えていくのが我々世代の役割かと夢想する。

2012年

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