教室関係コラム

2014.06.09

飯塚一旭川医大皮膚科教授退任記念地方会

第398回日本皮膚科学会北海道地方会
飯塚一旭川医科大学皮膚科教授退任記念地方会
日時:平成26年6月7日(土)〜8日(日)
於: 旭川グランドホテル

大阪大学大学院医学系研究科
情報統合医学皮膚科学
教授 片山一朗

 私の敬愛し、また最も尊敬する皮膚科医である飯塚一旭川医大皮膚科教授の退任記念地方会に出席した。全国から64の演題発表があり、阪大からは越智沙織先生が「皮膚炎症における表皮細胞内コルチゾール再活性化酵素(11βHSD1)の動態解析」を発表された。時間が限られていたが、大阪市大の鶴田教授からNFκBの活性化シグナルのどの経路を押さえるのかとの質問があった。最終的なリン酸化の阻害のみをみている段階であり、多分炎症に関わるシグナルや自然免疫、アポトーシス、ユビキチン化など広範囲のシグナル伝達系にも影響を与えているかと考えている。
記念講演では、飯塚先生のライフワークである尋常性乾癬の組織構築の数理解析モデルをお話された。退官は副学長としての任期が終了する今月末で、7月からは札幌で研究生活を継続されるそうで、先生の今後の益々の研究の発展とご健勝を祈年するとともに我々の指導も引き続きお願いしたい。なお退任記念誌に寄稿した私の原稿を添付させていただく。

乾癬とサグラダ・ファミリア

 飯塚先生、長年にわたるご指導ありがとうございました。先生は私が北大の学生時代から雲の上の方で、退官をお迎えになる現在、私が皮膚科を選んだ理由も先生の存在があったような気がしております。卒業後私は大阪大学の皮膚科に入局し、西岡清先生のご指導で皮膚の免疫学、接触皮膚炎の研究を開始し、飯塚先生のご専門が表皮細胞の生化学、乾癬の研究だったこともあり、若い頃はあまり先生と学問的な話をした記憶がありませんでした。その後私が北里大学に移り、安田利顕先生や西山茂夫先生の主宰されていた皮膚脈管膠原病研究会などに参加するようになり、その会での先生の深い臨床の知識や質問の鋭さにいつも勉強する意欲をかき立てられたものです。また懇親会などの席で西山茂夫先生が「皮膚の病理学的な所見を論理的に説明できるのは飯塚先生と九大の今山先生だけだ」とよく言われていたことも思い出します。その後1996年に私が長崎大学の教授になり、一度長崎地方会での講演を御願いしたときのお話は強く心に残っております。その時の講演タイトルは確か「乾癬とリモデリング」だったかと思いますが、その中で先生が乾癬の病理組織反応を論理的に解説され、6角格子は一番安定な構造で乾癬の表皮と真皮はお互いに影響を与えながら、最終的にPsoriatic architectureと表現される真皮乳頭が6角格子の形をとる組織反応が構築されると言われた事を鮮明に覚えております(もちろん難解な数式を用いたお話は、私の理解の範囲外でした)。その当時、私もアトピー性皮膚炎の表皮変化が真皮の影響を強く受けているのではないかと思い、アトピー性皮膚炎の線維芽細胞の研究を開始した時期で、アレルギー炎症の慢性化を考える言葉として「組織リモデリング」が使用され出した頃でした。もちろん飯塚ワールドのリモデリングとは全く異なる概念ですが、私には飯塚先生がスライドで示された乾癬のモデル(真皮乳頭)の構造がちょうどバレンシアの青い空に向かい、そびえ立つガウディの尖塔のイメージとして頭に浮かび、サグラダ・ファミリアが遥かな時を超えて完成していく像と飯塚先生が追求されている乾癬という疾患の謎の解明が不思議に頭の中で一致した記憶があります。ガウディは「神は急がない」という言葉を残していますが、私には、飯塚先生の生き方、研究スタイルはむしろ開高健の言葉として有名になったローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの言葉「悠々として急げ」に近いような気がしております。ガウディの聖家族教会は今も世界中から多くの職人が集まり、いつ完成するのか誰にも分からない中で、建築が継続されています。飯塚先生には退官後も乾癬の謎の解明に興味を持つ若者を指導し、悠々と研究を楽しんで頂きたいと願っております。

サグダラ・ファミリア(片山撮影1996)と
乾癬の組織構築モデル(JDS 2004.35:93-99)

大阪大学大学院情報統合医学皮膚科 片山一朗
平成26年6月9日掲載

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