教室関係コラム

2012.10.22

もう一つの山中ファクター

もう一つの山中ファクター

皮膚科教授 片山一朗

 2012年度のノーベル医学生理学賞は、山中伸弥京大教授とジョン・ガードン英ケンブリッジ大名誉教授がiPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究で受賞した。マスコミなどでも大きく取り上げられ、暗いニュースの続く日本で久々に明るいニュースとなった。安全な臨床応用が可能になるまでの受賞は無理かと思っていたが、意外な結果となり大いに喜んでいる。研究成果の発表後、比較的、早い時期にノーベル賞受賞が決まったのは1997年の狂牛病などの原因がプリオンであることを発見したプルシナー(Stanley B. Prusiner,カリフォルニア大学サンフランシスコ校)や1993年のPCR法の原理を確立したキャリー・マリス(Kary Banks Mullis)など少なく、山中教授の研究成果もそれだけの大きな社会的インパクトがあったためかと考える。とくに倫理上、ES細胞が使用できないヨーロッパ圏での評価が高かったことも大きな影響を与えたと言われている。今回の受賞会見などで印象深かったのは山中教授の誠実な姿勢とたくまざるユーモア、そして2万以上のマウスの遺伝子から山中ファクターと呼ばれる4つの重要な遺伝子(Oct3/4、 Sox2、 Klf4、 c-Mic )を絞り込んだ研究手法と最後で大きな貢献を果たされた高橋和利氏の研究センスである。山中教授は24の遺伝子をすべて皮膚細胞に導入することで初期化に成功させた高橋さんを「おまえは賢い」と言われたそうであるが、本当にそう思う次第である。通常であれば様々な可能性をじゅうたん爆撃式に試していく手法をとるのが一般的で、実際多くの研究者はその戦略だったかと思う。このことは昔、竹槍でB29と闘うと揶揄された日本とアメリカの研究手法の違いを乗り越え、我々日本人研究者に大きな勇気を与えて頂いたことで、本当に若い人たちの励みになるかと思う。 また大阪大学の岸本忠三名誉教授が早い時期に山中教授の才能を見いだされ、グラントにゴーサインを出されたことも報道で知り、天の時、地の利、人の和を得て山中教授にSerendipityの神様が舞い降りたのかと思う次第である。話は変わるが一昨年ノーベル化学賞を受賞された根岸英一先生が10月21日付けの日経新聞に書かれた「発見の10の法則」で、大きな発見をする重要な法則について述べておられ、その中でSerendipityは最後に位置し、重要なのは系統だった探索であることを述べられている。今回の山中教授の受賞は10の法則に加え、氏の巧まざるユーモアに基づく行動指針と研究指導で育たれた高橋氏の実験センスの成果であるとあらためて考える次第である。山中教授の出身が東大阪であり、奥様が皮膚科医であることも我々大阪大学の皮膚科医にとって今回のノーベル賞を身近に感じる大きな理由で、今後の臨床応用が早期に実現することを心より願いたい。

平成24年10月22日掲載

 

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