教室関係コラム

2013.04.22

アトピー性皮膚炎の疫学研究と今後の検討課題について

アトピー性皮膚炎の疫学研究と今後の検討課題について

大阪大学大学院医学系研究科分子病態医学
皮膚科教授 片山一朗

 最近の皮膚科学会やアレルギー学会、アトピー性皮膚炎治療研究会などに参加すると、アトピー性皮膚炎に関する演題の減少と共に、参加者間の議論も少なくなってきていると考えるのは私だけではないと思う。その理由はいくつか考えられるが、かつての熱心な先生方が定年を迎えられ、参加されなくなったことにくわえ、ガイドラインの普及による重症患者の減少(実態は不明)、最近の行き過ぎた、経営効率化による病院でのアトピー性皮膚炎患者診療の縮小(コストに反映されにくい)などが大きな理由と考えられる。しかしながら世界的にはアトピー性皮膚炎の基礎研究は大きく進み、疫学研究なども次々と新しい情報が発信されている。研究においては基礎の免疫学者が、また臨床に関しては小児科、小児皮膚科、疫学・公衆衛生学、アレルギー科などの医師からの報告が多いように感じられる。その理由として病院皮膚科医が扱うアトピー性皮膚炎が小児から思春期、成人患者にシフトしつつある現状も大きいようである。実際小児患者は小児科で診療を受けることが多く、思春期の患者は学校、塾などで皮膚科での診療自体をあまり受けていない現状があり、皮膚科医と小児科医が診る患者が異なりつつある。結果として病態や治療に関しての小児科医と皮膚科医の興味がかつての食物アレルギーやステロイドバッシングの時代とは異なる形で乖離しつつあるのではないかと考えている(最近はフィラグリンの遺伝多型とスキンケア、食物アレルギーの経皮感作など共通の話題が出てきてはいるが本質的な議論にはいたっていない)。
 そのような現状を打破する目的で先日小児科医と皮膚科医が集まるアトピー性皮膚炎の研究会が開催されたが、その中で私が感じた問題点を何点か記録に残しておきたい。
1. 経過:アトピー性皮膚炎の経過は近年大きく変貌してきているが、その実
態は必ずしも明らかではない。大阪大学でも一昨年から後方視野的にアトピー性皮膚炎の経過や治療歴を検討しており(Kijima A et al. Allergology International. 2013;62:105-112)、思春期再燃、初発などの従来記載の乏しい患者が増加してきており、それぞれの患者年齢で悪化因子や非寛解因子などが異なる結果が得られつつある。(in preparation)。同じような観察結果は最近ドイツからも報告されており(Garmhausen D,et al.Allergy. 2013;68(4):498-506)、今後世界的な実態調査が必要と考えている。また小児アトピー性皮膚炎の研究会ではあるが都立長寿医療センターの種井良二先生から高齢者のアトピー性皮膚炎は存在するか、あるとしたらどのような臨床的な特徴があるかの講演があった。われわれも高齢者の慢性の湿疹性の病変を繰り返す患者の中に臨床的にも高齢者のアトピー性皮膚炎と言わざるを得ない一群の患者が存在し、その特徴と意義を検討している。アトピー性皮膚炎の命名者のSulzbergerもアトピー性皮膚炎は乳児、小児、成人の三型があり、特に成人型はアトピー素因があるか、乳幼児期にアトピー性皮膚炎があったことを重視しているが、思春期初発型や高齢発症型は記載していない。むしろ脂漏性湿疹、接触皮膚炎、細菌疹などをしっかり鑑別することを強調している(Hill LW, Sulzberger MB: Evolution of atopic dermatitis. Archives of Dermatology and Syphilogogy 32: 451, 1935 )。フィラグリンやセラミドの減少、IgE, TARC値の上昇が高齢患者でも見られることより小児患者との対比研究も今後の重要な課題と考える。
2. 治療:九州大の古江教授科のEBMに基づいたアトピー性皮膚炎の治療の講演があった。科学的な視点と根拠に基づく外用療法は参加した多くの若い皮膚科医、小児科医には大変有益であったと思う。最近のGWASの研究成果から、バリア機能、自然免疫、ビタミンD代謝関連酵素に関わる遺伝子群の解析結果と今後の新たな治療戦略の話も紹介された。近年アトピー性皮膚炎の短期治療マーカであるTARCは世界的には我が国でのみ保険収載されており、治療によるTARCの低下率でステロイドなどの治療効果を定量的に評価できるかもしれないという大変興味深いデータを紹介された。(ちなみにステロイドはSest 4点、VS 2点、TAC/S は1点、Mは0.5点で計算)。TARCがあまり上昇しない顔面・頚部限局型、痒疹型、乾燥性湿疹型でも低下率で評価できれば有用な指標になるかと考える。フロアからも正常域でも臨床症状によりその値が低下することもあり、今後の検討が必要との発言があり、来年は私と群馬大学小児科の荒川教授が当番であり、このテーマを取り上げたいと考えている。ただアトピー性皮膚炎が慢性の疾患であり、アトピー性皮膚炎の治療に精通していない医師が短期のステロイド外用などの治療効果のみで皮膚炎を評価すると、悪化因子などの見落としに繋がることも危惧される。
3.発症・悪化因子・痒み: 先に述べたように、現在フィラグリンの研究は世界的なトレンドである。慶応大学の海老原先生はフィラグリン遺伝子多型の患者は本邦でもその頻度に地域差、施設差などがあり、また患者数はまだ少ないが、正常型と変異型で重症度や経過、検査成績に有意な差は認められず、また遺伝子改変マウスでも野生型と大きな差が無く、フィラグリン欠損によるバリア障害や皮膚症状は魚鱗癬に関連する可能性、あるいは代償性機序によるバリアの改善などの可能性を話された。ただハイリスク患者の出生時からの大規模スキンケア介入の結果はまだ公表されておらず、フィラグリン遺伝子多型患者でネコ同居によるアトピー性皮膚炎発症のリスクが上昇するとの報告もされており、フィラグリンの意義はまだ不明である。アトピー性皮膚炎における食物アレルギーの関与は様々な角度から論議されたが、現時点では発症因子とするよりは合併症、あるいは悪化因子とした方がよいとの意見が多かったようである。感作経路としては従来の経消化管感作から経皮感作への流れのようであるが、T cell epitopeとB cell epitopeの感作経路による抗原性の差異などの検討が必要かと考える。さらに最近の報告で血清ビタミンDレベルとアレルギー疾患、食物アレルギーの発症リスクを検討した報告が増加している。まだその評価は確定してはおらず、来年のテーマとしてとりあげたい。
 大阪大学皮膚科教室では2011年度から厚生労働省の疫学研究班の課題研究として大阪大学の新入生アトピー性皮膚炎検診を開始し、今年までに3回の検診を行い、彼らがどの診療科でどのような治療を受け、その満足度はどうだったか、現在も皮膚炎を持つ学生が今の皮膚炎の状況や悪化因子、原因をどう考えているか、今後どのような治療を希望しているかなど解決すべき問題点が次々と明らかになってきている。かつてアトピー性皮膚炎は小児期の病気であり自然軽快すると習ったが、その経過は大きく変貌してきており、小児科医と皮膚科医の密接な協力や情報交換がより必要な時代になってきている。この会がそのような目的に沿う形で発展していけば何よりである。

 1892年にBesnierがアトピー性皮膚炎を体質(遺伝性、アレルギー素因?)により生じる乳幼児期の急性湿疹性病変(湿潤性)から慢性苔癬化病巣(乾燥性)に移行する湿疹病変とする疾患概念を提唱し、すでに120年以上の時間が経過している。もう一度皮膚科医として発疹学の原点に立ち戻り、その本態の解明と病態に応じた患者指導、新たな治療薬開発に取り組んで行く必要があると考える。

Ernest-Henri BESNIER (1831-1909)

大阪大学大学院情報統合医学皮膚科 
片山一朗 平成25年4月22日掲載

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